SNS上の誹謗中傷による痛ましい事件
まだ皆さんの記憶に新しい某テレビ番組出演者へのSNS上での誹謗中傷により未来ある若い命が失われた事件は、テレビ番組を知らない人たちにとっても大変ショッキングな出来事でした。
番組を観ているだけの単なる視聴者が、言わば赤の他人同士の問題にそこまで強い感情移入をするということに当時はSNSにまったく興味がなかった私にとって理解不能なことでもありました。テレビドラマが全盛の頃、悪役を演じていた女優さんが街で視聴者から暴言を吐かれたことがよくあったとお話されていたことを思い出します。いつの時代でも現実と非現実の区別がつかない人はある一定数居るということなのでしょう。しかし、今のようにSNSが当たり前になって視聴者と有名人・発信者と受信者がバーチャルで近くなり過ぎている世の中では感情移入の度合いや身近な存在だと錯覚してしまう危険性が格段に大きくなっていることは明らかです。
某番組においてテレビ上の演出があったのか無かったのか、そしてそれが一部の視聴者のSNS上での被害者への攻撃を誘引したのかどうか…そのような指摘にメディア側が真摯に向き合う姿勢が感じられなかったことに時代の変化を敏感に嗅ぎ取ることが出来なかった責任は大いにあると思います。
匿名性が暴露する人間性
[操作される人間]
命が失われた出来事だけでなく、芸能人や政治家の不倫、意図しない失言などへの執拗で暴力的な攻撃はネット社会において人間が持つ闇の部分がクローズアップされやすくなっているように感じることがあります。現実社会で攻撃的な人間だけでなく、普段は穏やかで大人しい印象の人が匿名だからこそ本来隠し持っている資質を解放させてしまうのだと思います。だとしたらそれは自覚のないままSNSに操作されている本来の人格と言えるのかも知れません。
[攻撃的な人の特徴]
もう一つ、攻撃的になる人の多くは普段から想像力が乏しい傾向にあるように思います。思い込みが激しいとも言えると思いますが、どちらかというと読解力が不足している人が多いように経験上、私は感じます。
攻撃する人の心理
単なる暇つぶしや軽いノリで他人を誹謗中傷する人から本人の主観だけが正しいと強固に信じて疑わない人まで、人間の種類というかそれはもう様々な人が居て一概に結論付けることは難しいけれど大小の違いはあれ当人なりの何らかの理由が存在しているんだろうと思います。そしてその自分勝手な理由に命を絶つまではいかなくても酷く傷つく他人の想いには考えが及ばない。
あえて暴言を吐かせて頂ければ、人間として「浅い」という言葉しか見つからない。攻撃する人間の「心理」というほど大層なものではないということを、これからSNSとつき合っていく特に若い世代の皆さんには承知しておいていただきたいと思います。
誹謗中傷への対処法
[認識すべきこと]
当人の勝手な思い込みによる、これまた勝手な正義という攻撃にどう対処したらいいのか?
SNSを利用している多くの人が深く傷ついて自信を無くしたり命を落とすようなことがないように、SNS上で繋がっているだけの人に現実の友達と同じような期待はしないでもらいたいと思っています。それは現実の友達の方が優れていてSNS上の友達が劣っているとかそういうことでは決してありません。学校や会社など身近なコミュニティにおいては常識的な立ち居振る舞いが出来る人であっても、リアルで出会っていない相手に対しては突然攻撃的になったり人を相手にしているという考えがおよばない人間が少なくないのが現実です。それを理解した上でバーチャルなおつきあいを軽やかに自分のスタンスで楽しむことが何よりも大切なのです。
[具体的な対策]
心構えとしてあらかじめ認識しておくことでほとんどは防ぐことが出来ると思いますが、それでももしあなたが誹謗中傷の被害者になってしまった場合は早い段階でこれを行ってください。
それは…
エスカレートする前に出来るだけ早くぶっちぎってください。この先も繋がりたい人とは別の方法で繋がっていくことも出来ますから、一切の躊躇なく一刻も早く立ち去りましょう。
SNS初心者の私が思うこと
SNS上で自分と似た考えの人とのやり取りや趣味が一緒の仲間が出来ることは現実社会では出会えなかったはずの人と出会える本当に素敵なメリットです。実際に私も少しずつですが、SNSを始めてその楽しさを実感し始めたところです。
それでも年の功というのでしょうか 笑 相手に大きな期待をすることはありませんし、かと言って冷めている訳でもありません。でも私が10代や20代の頃だったらそんなに冷静に対応できたという自信は全くありません。
こちらが発信する場合、特に活字というのは受け取る相手によって自分が意図するニュアンスとは大きく変わってくることがあります。私は強めに伝えた方がいいと思った時はあえて強い言葉を使うこともあるので相手にどう伝わったか正確なところは知る由もありませんが、何らかの凝り固まった思考や長年の思いグセに囚われて思うように動けなくなってしまっているたまたま読んでくださっている誰かに伝わればいいという想いだけで書いています。これくらい肩の力が抜けた向き合い方でちょうどいいのではないでしょうか。